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ゴールデンアワー

西向 幸三
糸数 美樹

10月20日号ゴールデン会議テーマ「外で食べる」です。運動会のお弁当って楽しみでしたね。貧乏だった局長には辛い思い出も多かったですが。遠足のお弁当って楽しみでしたね。貧乏だった局長には辛い思いでも多か

  • 黙祷



  • 梅雨が明けた。
    平年通り、去年より14日遅れ。

    沖縄で平年通り梅雨が明ける日は
    6月23日
    慰霊の日。

    今年の6月23日は
    旧暦で5月4日
    「ユッカヌヒー」だ。

    この日各地でハーリー(ハーレー)が行われるが、
    戦前の沖縄ではこの日、子供の健康や成長を願って
    オモチャを買ってあげる慣わしがあったという。
    昔は子供たちにとって年に1回の
    おもちゃ市が建ち並ぶ楽しい「子供の日」でもあったようだ。
    (沖縄大百科より)

    沖縄市の銀天街で「ユッカヌヒー玩具市」
    に家族ででかけた。
    おきあがりこぼしや竹とんぼにお面
    メンコ(私たちはパッチーと呼んでいた)
    そのほかに手作りのおもちゃが並んでいた。

    銀天街ゆるキャラでおなじみのぷーらくんと
    記念撮影。
    一応天ぷらのキャラクター。
    やっぱりゆるい。ゆるゆるだ。
    長男作り笑い、次男眉間に皺。

    長男はいろんなおもちゃに興奮。
    おもちゃを手にとりはしゃぐ様は子どもらしい。
    次男は天ぷらに夢中。
    てんぷらを手にとりむしゃぶる様はおじさんくさい。
    風格すら感じる。

    12時前。
    主催者が慰霊の日の黙祷を伝える。



    宜野湾市から沖縄市に向かう途中
    右手に大きな旗が見えてくる。
    米軍基地に高々と掲げられた星条旗と日の丸。

    ここを通るたびに長男は
    「あれはどこの旗?」と聞く。

    「白に赤い丸が日本」と答える私。
    「じゃ、お星様としましまがアメリカ?」と長男。

    左手に公園が見えてきた。
    フェンス越しの公園。
    「あそこの公園行きたい」
    「そこは入れないんだよ」
    「なんで?英語しゃべる人のだから?」
    「うん」

    車は進む。

    「あのさ、幸大、戦争になったら嫌だよね。」
    戦争の意味をまだ知らない4歳。
    「戦争ってさ、殺したり、殺されたりするんだ。
    パーパーやマーマーが殺されたり、
    幸大や幸土が殺されたり
    ほかの人を殺したりするの嫌だよね。
    戦争って嫌だよね。」

    「マーマあそこに見えるの何?」

    聞いてない。もう一度説明する。

    「嫌だよね」
    「うん、嫌だ」

    わかっているのだろうか。

    銀天街。

    基地で栄えたコザの象徴の一つ。
    それも今や昔。
    寂れたシャッター商店街。
    「アッコにおまかせ」の胸像がうら寂しい。

    でもこの日はたくさんの子どもの笑顔があった。
    その親達の笑顔があった。
    お年寄りが昔のおもちゃの作り方を教えてくれたり
    手遊びを教えてくれていた。

    つながる命。

    67年前のこの時期も暑かっただろう。

    豪の中で泣き叫ぶ乳飲み子を抱え息をひそめる。
    日本軍人や周りから
    「うるさい。出て行け!」
    「米軍に見つかるからどうにかしろ!」と責め立てられる。
    その子らが殺されたり、自らの子を殺めた親もいるという。
    それを想像するだけで胸がつまる。いたたまれなくなる。


    12時。
    黙祷。

    「幸大、戦争嫌だから戦争がないようにお祈りしようか」
    息子が遊んでいた手をとめる。
    「うん、パーパーとマーマーと幸土と
    ずーと仲良くしたいからお祈りする」

    祈りは届いていたようだ。

    局長室
    局長室




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