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ゴールデンアワー

西向 幸三
糸数 美樹

10月20日号ゴールデン会議テーマ「外で食べる」です。運動会のお弁当って楽しみでしたね。貧乏だった局長には辛い思い出も多かったですが。遠足のお弁当って楽しみでしたね。貧乏だった局長には辛い思いでも多か

  • 岩手の旅

  • 2013年9月に岩手県へでかけました。

    友人に約20年ぶりに会うのが目的。

    そして、番組の電話レポートでお世話になった方に

    直接ご挨拶したいという思いがありました。



    西向局長や吉田鉄太郎さんのようにボランティアでない。

    取材でもなく、ただのプライベート旅行。

    「これでいいのか?」と考えた時、震災から半年後に、

    電話取材させて頂いた東北の方のお話しを思い出しました。



    沖縄から出来ることはありませんか?と尋ねたところ



    「特産品を購入してもらえたら」

    「旅行に来ていただけたら」

    「街の人々と話しをしてもらえたら」

    「震災があったことを忘れないで欲しい」



    というおこたえでした。



    特産品の購入・旅行は、経済活性につながります。

    人々と話しを・・・は、

    「(あなたに、被災地以外で暮らす方に)

    震災で起こったことを知ってもらえる」

    「(被災地以外の方が)

    震災があったことを忘れていない」ことが感じられ励みにもなるし、

    会話を楽しむことで元気になれると思うから。

    そのようなお話しでした。



    お話しを伺ってから2年経っていましたが

    いまでも復旧・復興へつながるものだと思え

    考えるより動け!と、でかけました。



    短い滞在日数でしたが、

    美味しい料理を味わい楽しい一時を過ごせました。



    20年ぶり。本場、盛岡冷麺。やはりうまかった!

    reimenmorioka遠野はジンギスカンが有名で、遠野冷麺と一緒に堪能。

    reimentoono沖縄で食す冷麺との違い。

    沖縄ではキムチは麺のうえにもられていますよね?

    岩手県では、「別カラ」と言い注文すると

    小皿でキムチがでてきます。

    自分の好みの辛さになるように

    後からキムチを入れて食べるのが通?のようです。



    釜石は、ラーメン街道があるほどの地域。

    釜石駅構内のラーメンも美味しかったです。

    kamaisiこのラーメンを一緒に食べたのは、友達の友達(初対面)。

    沖縄のいちゃりばちょーでーのように温かく迎えてくれ

    さらに、往復で半日も車を運転し

    電話レポートでお世話になった方のいる宮古市や

    大きな被害を受けた地域も案内してくれました。



    県・地域によって、支援(人手や金銭面)が異なるため

    ひとくくりには出来ない復旧・復興の歩みに少しふれることができました。



    集められた瓦礫が山のように積まれたのを数カ所で見ましたが、

    だいぶ減ったそうです。



    瓦礫が撤去され、数キロも続く更地にぽつんぽつんとある建物。

    上空(飛行機)から、福島県や宮城県の沿岸部にも

    更地が広がっているのを見ました。



    津波被害を受けたままの建物も。

    rikuzentakatatatemono

    奇蹟の一本松近くにあった市民球場は

    yakyuujouスタンドなどが津波で流され、4つの照明が残っただけの状態です。

    手前に見える水は、海。

    震災前までの海は、三角に土がもられている場所よりも奥だったそうで

    地形が変化したとのこと。



    港での1枚です。整備が進められ船の出入りは出来るようになっても

    まだ復旧できていない部分がそのまま残っている港湾。

    bouhatei津波で変形したままの防潮堤や

    海岸近くでは、多くのテトラポットが置かれているのを見ました。

    流されたテトラポットにかわり新しく作っているけれど

    数が全然足りないことや移動させるための問題等で

    まだ海岸に設置ができていないということでした。



    先日の報道では、被害を受けた港湾の半分以上の整備が

    まだ終わっていないとありましたね。



    沖縄県内では、津波被害を軽減する対策の海抜標示を

    見かけるようになりましたが、岩手県では

    津波浸水区間の標示が多くありました。

    hyousiki海岸から離れた場所でもみかけ

    津波の到達が海からどれだけ離れた場所なのか。。。

    映像でみた時とは違う恐怖を感じました。



    津波の被害は、川を逆流した水により

    海岸から10~15分程車を走らせた距離にある場所でも起こったのだとか。



    高台に住居等が建築されている様子です。

    tosisaisei海に近い場所に暮らしていた方々は今後の安全のためもあり

    開発計画でもともと暮らしていた場所に戻れないことも。



    住み慣れた土地へ戻れない。

    変わった風景。かわる町並み。

    復旧が進むのは嬉しいけれど

    複雑な思いがあるという声を聞きました。



    ある問題が生じた時。立場によって、意見や見解がかわります。

    その考えの違いを温度差という言葉で表現されることがあります。



    訪れた岩手県にかぎらず、

    苦しみをおった被災者のなかでも

    多くを失った地域の方。

    被害が少なかった地域の方。

    また、同じ地域であっても

    復興の考え方が違っていたり

    異なる状況・境遇のちがいから温度差を感じ

    気持ちのすれ違いが生じることもあるようです。



    様々な災害が日本・世界の各地で発生しています。

    2011年には東日本大震災。

    亡くなった人々のご冥福をお祈りします。



    失ったものがあり、体験したことから

    モノのかたち、人のこころ。

    全てが震災前のように戻ることがないとしても

    今よりも心おだやかに、良い状況になるよう願います。



    岩手の旅を書いていて浮かんでくるのは

    震災後・再会した時の友人との会話。



    地震でライフラインがたたれ、明かりがない暗闇の夜。

    どこでナニが起こっているのか情報が入らない。

    繰り返し発生する余震。

    恐怖とこれからどうなるかの不安。



    そして、

    「備えることを忘れないように」

    「避難訓練のシュミレーションを」

    「(海に囲まれた沖縄なんだから)逃げなさい」の言葉。



    東日本大震災では、

    家族・仲間を案じて、家や職場へ向かい

    津波にのみこまれた方も少なくなかったというのは

    みなさんも報道でご存知のことでしょう。



    「(津波)てんでんこ=てんでバラバラに」

    自分の命を守るために高台へ逃げなさい。という教えで

    自分の命は自分の責任で守るという教訓です。



    沖縄で震度3以上の地震が発生した後にくる友人からの連絡。

    「無事か」「被害がないか」

    そして続くのは・・・「身を守るように」「備えるように」



    東日本大震災からまもなく3年。

    もしかすると、防災への備え・意識が

    日々を過ごすうちに薄れているかもしれません。



    祈りの時間とともに、震災・災害への備え・心がまえ。

    改めて考える時間をもちたいと思います。

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